Economic Outlook 厳しい環境の下、金融緩和の波が押し寄せるアジア アジア地域での予測における主な変更点として、中国経済の成長見通しをさらに小幅に下方修正し、国内総生産(GDP)の成長率予想を6%台前半に引き下げました。実質借入金利は変化せず高水準で推移しています。日本では昨年の消費増税の延期と日本銀行の量的緩和プログラムの拡大を受けて、昨年後半の定義上の景気後退からの回復をみると予想しています。オーストラリアの見通しにおいては、脆弱な内需、低調な国民所得の伸び、貿易加重為替レートの高止まりという状況を踏まえ、オーストラリア準備銀行(RBA)は向こう数カ月間に政策金利を再び引き下げ、金融緩和を長期にわたって継続することを余儀なくされる可能性が高いでしょう。
以下のインタビューでは、エグゼクティブ・バイス・プレジデントでシドニーを拠点とする債券ポートフォリオ・マネージャーのアダム・ボウ、マネージング・ディレクターで日本における運用統括担当者の正直知哉、シニア・バイス・プレジデントで香港を拠点とするエマージング市場のポートフォリオ・マネージャーのアイザック・メンが、3月に開催された四半期に1度のPIMCO短期経済予測会議(シクリカル・フォーラム)からの結論と、その結論がPIMCOのアジア・パシフィック地域の見通しと投資戦略に与える影響についてご説明します。 問: PIMCOでは数カ月前に、今年はアジア地域にとって厳しい1年になると予想しました。その後アジア地域の短期見通しは変わったのでしょうか。また、第1四半期には予想外の動きが確認されたのでしょうか。 ボウ:今年の第1四半期に本当に意外だったことは、世界中でそして特にアジア地域において、金融緩和が範囲、規模ともに拡大したことでした。年初には、インド、シンガポール、オーストラリア、中国、インドネシアの中央銀行がいずれも金融政策を緩和しました。このような動きには、各国の経済成長の鈍化やインフレ率の低下に対する懸念に加えて、世界的に金融緩和がさらに進み、各国の為替レートに望まざる上昇圧力がかかる恐れが生じたことへの対応という側面がありました。PIMCOでは、このような動きはアジア地域の経済成長とインフレにはややプラスに作用すると予想していますが、その影響は、PIMCOの短期予測期間の終盤までは顕在化しない可能性が高いでしょう。 このため、PIMCOでは、短期的な時間軸においては、アジア地域のマクロ経済環境は厳しい状態が続くと予想しており、実際、今年の第1四半期は概ねこの見通しに沿った展開となっています。アジア地域の予測における主な変更点としては、従来から市場コンセンサスよりも保守的だった中国経済の成長見通しをさらに小幅に下方修正しました。具体的には、数カ月前の6%台半ばという国内総生産(GDP)の成長率予想を、6%台前半に引き下げています。中国人民銀行(PBOC)が追加緩和を実施したものの、インフレ率が低下したために実質借入金利はほとんど変化せず、歴史的に見て高水準で推移しています。中国政府が不動産セクターの継続的な減速と影の銀行システムのレバレッジの引き下げという課題に引き続き取り組む中で、ソフトランディングを成功させるためには、実質借入金利は低下する必要があるとみています。 PIMCOでは、日本の見通しをほとんど変えておらず、昨年の10~12月期に2回目の消費増税の延期と日本銀行の量的緩和プログラムの拡大という拡張的な政策が決定されたことを受けて、日本経済は昨年後半の定義上の景気後退からの回復をみると引き続き予想しています。また、日本経済は、昨年の10~12月期以降の原油価格のさらなる下落とこれまでの円安の恩恵を受ける見通しです。一方、オーストラリアの経済成長率は、鉱業セクター主導型の成長モデルからの移行ペースが依然として非常に遅いため、コンセンサスを下回ると引き続き予想しています。 問:2014年の日本のGDP成長率は前年比プラスにならなかったものの、PIMCOではこの先1.5%の成長を予想しています。このような堅調な経済成長は持続可能なのでしょうか。 正直:PIMCOでは引き続き、日本の短期的な経済成長見通しについては前向きであり、潜在成長率を大きく上回る1.5%程度の成長を予想していますが、その先については、高い成長率の持続性には疑問が残ります。 日本では、民間企業部門に明るい兆しが見られ、大手輸出企業を中心に、国内の政策と国外の動向に関連する恩恵が波及しています。米国経済の回復やこれまでの円安の進行を背景に、輸出企業の利益は増加する見通しです。また、国内特化型の企業にとっても、原油価格の下落は、円安に起因する投入物価格の上昇の影響を緩和するため、プラス要因になる可能性が高いでしょう。導入が予定される法人減税、企業統治規範およびその他のビジネス促進策、そして重要な点として政治の安定が、企業行動に重要な好影響を及ぼしています。 一方、短期的には消費動向も改善する見通しです。大企業を中心に、労働者の名目賃金は上昇する見通しであり、総合インフレ率のベース効果を合わせて考えると、実質賃金の伸びはプラスに転じるでしょう。また、消費の伸びは、消費増税後の低い水準を起点とするため、自然とトレンドを大きく上回る可能性が高いでしょう。もっとも、消費の伸びの持続性については疑問が残り、過去の賃金デフレの記憶が、労働者の将来の期待賃金に引き続き影を落とすことになるでしょう。また、退職者には、賃金水準の改善の恩恵が及ばないことは明白であり、総合インフレ率の足元の水準からの上昇に伴うマイナス効果のみが及ぶことになります。 問:日本では最近、インフレ率が急低下しました。PIMCOでは今後のインフレ動向をどのように予想し、その予想は投資戦略をどのように形成するのでしょうか。 正直:PIMCOでは、短期的な経済成長率はトレンドを上回るものの、インフレは低水準にとどまるとみています。円安効果が遅れて顕在化することを1つの理由として、コア消費者物価指数(CPI)は、来春までに1%に向けて上昇する可能性はあるものの、依然として2%という政策目標を大きく下回る見通しです。需給ギャップは解消されず、インフレ期待はいまだに政策の目標水準に固定化されていません。PIMCOの控え目なインフレ見通しは、日銀は少なくとも現在の積極的な金融政策を継続するか、場合によってはさらに緩和を強化することを示唆するものであり、このことは引き続きPIMCOのグローバルな投資戦略を左右する重要な要因の1つになるでしょう。 問:PIMCOでは、最近のPBOCの金利と預金準備率の引き下げには、中国の経済成長とインフレを安定させる上でどの程度の効果があるとみているのでしょうか。 メン:これまでの限定的な緩和策では、経済成長に対する大きなマイナス要因を打ち消すには不十分です。PIMCOでは、中国の実質GDP成長率はさらに低下して5.75~6.75%のレンジとなり、また、CPIは公式目標の3%を下回る2%程度にとどまると予想しています。中国の政策当局は、不動産市場の調整、地方政府の財政改革、影の銀行システムのレバレッジ削減という大きな問題を抱えていながら、政府債務の拡大リスクを懸念して、経済を積極的に刺激する構えを見せていません。このような状況は、「中国の新常態」に基づく調整と呼ばれています。 これまでの慎重な金融緩和策では、本質的に問題への対処という面があり、また、ダウンサイド・リスクの緩和を目標としているため、金融の逼迫を緩和する上では大幅に後手に回っています。PBOCは昨年11月以降、預金基準金利(政策金利)を2度にわたって合計0.50%、預金準備率を0.50%引き下げましたが、インフレ率が急速に低下しているため、実質金利はむしろ上昇しています。また、財政改革や預金金利の自由化政策が、その分だけ政策スタンスを引き締めてしまうという複雑な問題もあります。 問:最近の政策は必要なサポートを提供する上で不十分であるというPIMCOの見方を踏まえると、PBOCが人民元の大幅な減価を通じてグローバルな通貨戦争に参戦する可能性はどの程度あるのでしょうか。 メン:その可能性は極めて低いでしょう。人民元は、ファンダメンタルズ的には過大評価されていません。中国の輸出のシェアは拡大し、コモディティ価格の急落は国際収支黒字を1,500億ドルほど押し上げています。また、PBOCには、経済成長やデフレのリスクに対応するために、国内で金利を引き下げる余地が大きく残されています。2014年には、世界最大の輸出国である中国の貿易黒字は、対米国の数字を含めて、過去最高水準を更新しました。PBOCが明示的に通貨切り下げ政策を採用すれば、さらなる通貨切り下げ競争を招く恐れがあります。また、政治的にも、競争力の改善を目的とする通貨切り下げ政策は、グローバルな金融システムにおける人民元および中国の地位を押し上げるという戦略的な目的に反するものです。 問:オーストラリア準備銀行(RBA)は2月に政策金利を0.25%引き下げることによって金融緩和スタンスを復活させました。その背景と、PIMCOの今後の見通しを教えてください。 ボウ:オーストラリアの見通しにおいては、中国の経済成長が減速する中で、オーストラリア国内の鉱業セクター主導型の成長モデルからの移行が円滑でないことが引き続き中心的なポイントです。その結果、バルク・コモディティ価格の下落に起因する交易条件の悪化を背景に、内需の伸びはトレンドを下回り、国民所得の伸びも低迷しています。従来であれば、変動相場制に基づく為替レートの変動が、このような経済のリバランスを後押しする上でより重要な役割を果たしたはずですが、日銀や欧州中央銀行(ECB)を中心とする数多くの中央銀行の積極的な金融政策の影響で、豪ドルの貿易加重ベースでの下落幅は限定されています。PIMCOでは、このようなマクロ経済環境が続くと考え、短期的には実質GDP成長率とインフレ率はコンセンサスを下回ると予想しています。脆弱な内需、低調な国民所得の伸び、貿易加重為替レートの高止まりという状況を踏まえ、RBAは向こう数カ月間に政策金利を再び引き下げ、金融緩和を長期にわたって継続することを余儀なくされる可能性が高いでしょう。 問:アジアに関するPIMCOの短期見通しは、投資にどのような意味を持っているのでしょうか。 ボウ:金利のエクスポージャーに注目すると、日本に関しては、日銀が昨年10月に国債の買い入れ額を増額したことを受けて、日本の長期国債の純供給額がマイナスに転じたことを踏まえ、日本のイールドカーブはフラット化するとの見方をPIMCOでは据え置いています。また、このポジションのボラティリティはこの先上昇し、国債の発行と日銀の買い入れのタイミングに依存するようになるとみていますが、2015年を通じて、日銀が市場から日本国債を継続的に買い入れる中で、フラットニングの傾向が続くと予想しています。 オーストラリアに関しては、マクロ経済については慎重に見ているものの、RBAが短期的に政策金利をさらに2回引き下げ1.75%にすると市場が予想する中で、金利は妥当な水準にあるとみています。また、ここ最近、金利がアウトパフォーム(他国の金利よりも低下)したことや、イールドカーブのフラット化に伴いキャリー収入が減少したことに鑑み、現在の水準においては、米国債対比で金利をオーバーウエイトとする魅力はそれほど高くないとみています。 PIMCOが最も強い確信を持っている為替市場では、引き続き円と豪ドルを対米ドルでアンダーウエイトとしています。日本では、日銀が今後も積極的にバランスシートを拡大すると予想しており、PIMCOの短期予測期間の終盤に向けて追加的な刺激策が実施される可能性を念頭に置いています。公的セクターや民間の資金が日本国債から海外の株式や債券にシフトすることの影響に加えて、このような政策スタンスが引き続き円を対米ドルで押し下げる方向に作用するでしょう。一方、オーストラリアでは、RBAの金融緩和スタンスの復活、バルク・コモディティ価格の下落、PIMCOのコンセンサスを下回る中国経済の成長見通しが、豪ドルのアンダーウエイト・ポジションを下支えするでしょう。また、PBOCは人民元を大幅には減価しないという見方を基に、人民元をオーバーウエイトとしています。